4. 脳が外界を知るしくみ(前編)
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1. はじめに
知覚の本質は、近刺激(感覚受容器官で受け取られた刺激)を材料とした情報処理を脳において行うことであり、遠刺激(外界を構成するさまざまな対象)を再構成して体験すること どのような神経経路が知覚を担っているか、また各知覚系の各段階でどのような情報処理がなされているのかを明らかにすることが、知覚を生理心理学底に明らかにするうえでの中心的課題となる
視覚経路を概観する
視覚経路はここから脳の前方に向かい、側頭葉方向に行く経路と頭頂葉方向に行く経路とに分かれ、最終的には前頭葉へ向かうと考えられる このように、視覚には広範囲にわたる脳の活動が関与している
脳の神経細胞が用いている信号は膜電位変化という電気信号であって、私たちの脳は外界の物理化学的情報を直接処理しているわけではない つまり、各知覚経路の初期の段階で、外界の刺激情報を電気信号へと変換する過程が存在している
2. 網膜の視細胞における光受容と光応答
私たちが様々な物体を見るという過程の出発点は、その物体を照射した光源からの光のうち、物体によって反射されたものが私たちの眼に到達すること 網膜にある視細胞の膜電位を変化させうる範囲の波長(約380~780 nm)の電磁波を 外界の光の配列は、眼球の前部にあるレンズを通り、上下左右が反転して網膜に投影される 網膜はカメラのフィルムにたとえられることがあるが、網膜は単に光受容細胞だけが敷き詰められているのではなく、いくつかの種類の神経細胞から構成されている神経回路網 https://gyazo.com/b9a1cdcdd62d342bf5d11f3292400f38
網膜を構成する神経細胞
人間の視細胞の数は一つの眼あたり桿体が約1億2000万、錐体が600万ほどであり、網膜を正面から見ると二次元的に視細胞が敷き詰められている 外界の光はより手前の神経細胞層を通り抜けて、一番奥にある視細胞に到達することになる
この図には示されていないが、神経細胞の隙間にはグリア細胞が存在しており、また網膜のいたる所に血管がはりめぐらされている つまり、網膜を構成しているのは脳と同様の要素であって、網膜は中枢神経系に属する脳の一部 網膜に光を当てることによって網膜の神経細胞に膜電位変化が生じること
人間の視細胞の光応答の特徴
光応答は、光の強さに応じて過分極の振幅が大きくなるという連続的な関係がある(視細胞は活動電位を発生しない) なお錐体は3種類(人間の場合)あり、応答の組み合わせによって色を認識する 3. 視細胞における信号変換過程
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桿体の先端すなわち外節部分には、細胞膜と同じリン脂質でできた円盤が細胞内に何重にも形成されており、光信号から電気信号への変換にかかわる分子がこの部分に存在している 結果としてこの桿体の細胞内cGMP濃度が下がることになる
ところで、桿体の細胞膜にはおもにNa+を通す陽イオンチャネルが存在しており、このイオンチャネルは細胞内からcGMPが結合することによって開くタイプのもの つまり、光照射を受けていない暗時には、桿体の中のcGMP濃度が比較的高いのでこの陽イオンチャネルは開いており、Na+が流入しうる状態なので膜電位は比較的高い状態にある
光が到達した後に生じる上記の一連の反応連鎖の結果、細胞内cGMP濃度が低下すると、この陽イオンチャネルが閉じ始め、Na+が桿体内に流入しうる経路が減少するため膜電位は下がる(過分極する)ことになる
光強度が強ければ強いほど多くのcGMPが分解されるので過分極の程度も大きくなる、という連続的変化を示す
視細胞では活動電位は生じない
生理心理学では、このような分子レベルでの原因と結果からなる一連の反応の流れ(カスケード)を明らかにしていくことが、精神機能の生理的基盤を知る上での重要な課題とみなされている 4. 受容野
視覚系の各神経細胞の応答がどのような情報処理の結果を反映したものかを明らかにする一つの方法は、それぞれの神経細胞の受容野を調べること 視覚における受容野とは、その神経細胞が網膜上のどこへ光が照射されたときに応答を示すか(膜電位の大きさや活動電位の頻度が変化するかということ)
つまり網膜上の受け持ち領域のこと
視細胞からシナプス入力を受ける双極細胞は複数の視細胞からの入力が収斂しているため、個々の視細胞よりも広い範囲の受容野(ほぼ円形)を有するが、ある双極細胞の樹状突起の範囲の外側(視細胞からの直接入力を受けない部分で、ドーナツのような形の範囲)に光が照射された場合にもその双極細胞の膜電位変化が生じ、かつこの周辺部への光刺激による応答と中心部への光刺激による応答は極性(脱分極か過分極か)が互いに逆となる このような、受容野中心部への光刺激と受容野周辺部への光刺激とで応答の極性が逆になることから,双極細胞の受容野は単に円形とは言わず、同心円状と呼ぶことが多い
この同心円状の受容野形成には、横方向の信号伝達を行っている水平細胞が重要な働きをしている このような同心円状の受容野を双極細胞がもつことにより、私たちは明暗の境目となる部分をより強調した信号を視覚系で用いることができているため、外界の視覚世界をより明確に認識するのに有用であると考えられる
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視細胞から放出される伝達物質はいずれもグルタミン酸であるが、ON型双極細胞とOFF型双極細胞の樹状突起に存在するグルタミン酸受容体のサブタイプが異なることから、このような曲紫衣の違う2つのタイプの双極細胞が存在することになる 双極細胞においても活動電位は生じず、膜電位の振幅の大きさの連続的な変化が信号 双極細胞から神経節細胞への入力においても収斂が生じるので、神経節細胞の受容野はさらに大きくなるが、受容野の形は双極細胞と同じく同心円状
ただし、神経節細胞の軸索が視神経および視索となって脳のほぼ中央部にある外側膝状体まで信号を伝導する必要があり、神経節細胞からは活動電位が信号として用いられる(応答が活動電位の頻度へと変換される) 被検体であるネコの第一次視覚皮質に電極を刺し入れて神経細胞の活動電位を検出できるようにし、ネコの前に置いたスクリーン上の様々な場所に、丸い小さな光(スポット光)を短時間照射した 光刺激により活動電位が増加した場所、減少した場所、変化しなかった場所をスクリーン上に記入することにより、測定中の神経細胞の受容野を特定することができた
その結果、第一次視覚皮質の神経細胞の応答の特徴として、それまでの段階(網膜や外側膝状体)では見られなかったものが判明した
受容体の形の特徴
円形と言うよりは一方の軸に引き伸ばされたような楕円に近い形をしていてその中に興奮領域と抑制領域を含む
神経細胞ごとにもっともよく応答する受容野の向きがあること(方位選択性) 光刺激の動く方向に特異的に応答する神経細胞(方向選択性) ある特定の波長の光によく応答する神経細胞
私たちの外界は様々な角度の光の要素の組み合わせでできており、その要素を抽出する機構として働いていると考えられる
視覚刺激に含まれる様々な特徴を抽出する機構が第一次視覚皮質およびそれ以降の視覚皮質に備わっていることがわかった
ヒューベルとウィーゼルはさらに、方位選択性や眼球優位性(ある神経細胞が右眼・左眼のどちらからの入力を多く受けているか)が類似している神経細胞は第一次視覚皮質の垂直方向のまとまった区画(コラム)に存在していることを示した(第一次視覚皮質におけるコラム構造) 5. 高次視覚系
視覚経路は第一次視覚皮質のあと、さらに情報処理を進めつつ、脳の前方へ向かうことになる 視覚系の各段階における神経細胞応答のもつ性質については多くの研究がなされており、高次視覚を反映したような様々な性質の神経細胞が見いだされる 2次元の網膜像から3次元の奥行き知覚を生み出すための手がかりの一つ これは複数の対象の網膜像の位置関係が左右の眼でどのように異なるかという情報をもとに奥行き知覚の情報処理を行っているということ
心理学で有名な「カニッツア三角図形」のように、実際には輪郭線が存在しないのにあたかも面と面の境界があるように知覚される このことから主観的輪郭は視覚経路における比較的初期の段階で実現されている視覚機能であることが示唆される
ある特定の波長に応答するが、その色刺激がどのような色のスポットライト下で提示された場合でも、同じように応答を示すことができる
対照的に第一次視覚皮質で記録される波長特異的な神経細胞応答は、スポットライトの波長に影響を受けた応答を示す(Zeki, 1983) V5(MT野)には、ある特定の方向へ動く視覚刺激に対して最大応答を示す細胞がある 方向選択性を示す細胞は第一次視覚皮質にもあるが、V5野のものは受容野が広く、また刺激の形態などの特異性はない その次の段階のMST野には、刺激の回転運動や、こちら側に向かってくるように(あるいは遠ざかるように)見える刺激に応答する細胞などがある 視覚皮質間の解剖学的な結合や各領域における細胞の応答の性質から、第一次視覚皮質以降の視覚情報処理の流れは、背側経路と腹側経路とに大別される 主に対象の動きや位置の情報処理という機能を背側経路が持っていることから「どこ経路」という名で呼ばれることもある 側頭葉に向かう経路で、主に対象の形態や色を検出する 背側経路と腹側経路において異なる情報処理を行った後、それらの情報を統合する神経機構が存在すると考えられるが、その詳細解明については今後の課題
本章では、視覚経路における各段階での情報処理を中心に論じた
視覚系は誕生時の神経回路がありさえすればいいというものではなく、幼い頃の通常の視覚経験の欠如によって視知覚の以上が生じることがあり、初期経験の重要性については14. 脳の発達